インパクト評価へ向け活気づく取り組み~REF 2014から大学が得たものとは

1986年、実績に基づく大学助成金制度を、イギリスが世界で初めて導入した。Research Assessment Exerciseという名で始まり、現在ではResearch Excellence Framework (REF)と呼ばれている。イギリスでの導入以降、この制度をモデルとして、実績評価の枠組みを構築しようとする国々が現れた。しかし、興味深い事実がある。試みて断念したケースを含め、いずれの国もこの制度を完全には模倣していない。また、制度の構築にこぎつけても、数年ごとに実施されるイギリスの実績評価と同等の規模で運用するには至っていないのだ。

イギリスでは、次のREFが2021年に実施される。そこで、「研究がもたらすインパクトを評価する」という、REFの要素でありながら依然として斬新な概念にスポットライトを当てる。イギリスで導入された枠組みが、1986年以降どう進化したか、そして研究をとりまく環境へ国内外でどんな影響を与えてきたのか、端的に考察する。私たちは、イギリスの大学でインパクト関連のサポートを推し進める主要メンバーを取材し、REF 2014で何が起きたのか、そしてREF 2021に向け、どのような準備をしているかを探った。

協力してくれたのは、ロンドン大学クイーン・メアリー、キングス・カレッジ・ロンドン、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、そしてバース大学の4校だ。各大学のインパクト・オフィサーが持つ見識に耳を傾ければ、イギリスの大学がREFの要求にいかにして応えてきたか、そしてインパクト評価に対する理解を研究者へ促すにあたり、どういった手段をとってきたのかが見えてくる。また、REF 2014から3つのケース・スタディを取り上げ、研究によるインパクトの多様性に着目する。

実績評価の方策が未発達なアジア地域を中心に、他国でも同様の枠組みが構築されるよう、大学、助成機関、政策立案者といったステークホルダーを刺激するとともに、研究の発展および産業界とアカデミアの結びつきにおける重要なメッセージを届けるという役割を、本特集が果たせればと願う。

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信頼されるアドバイザー/経験と専門知識をもとにバース大学に変革をもたらす

バース大学 リサーチ・インフォメーション/インパクト部長 ケイティ・マッケンへのインタビュー   限られた資源を最大限に活用 バース大学では、多くの人が研究のインパクトを支援する役割を担っている。それは、利害関係者との交流、REFのためのケース・スタディの準備、インパクトを示す証拠資料の作成まで、幅広い。インパクト研究開発マネージャーは、研究者が申請書を書いたり、インパクトを達成するために可能な活動を見つけす支援をする。パブリック・エンゲージメント・ユニットは、研究と一般社会のより良い関わりへの積極的な姿勢をはぐくむ。数学イノベーション研究所は、産業界が課題解決の際に数学的な価値を理解する手助けをする。政策立案者との関わりを支援する政策研究所( Institute for Policy Research)もある。 広報チームは研究のメディア掲載を企画し、研究が記事で取り上げられるのを追跡する。また、学内では「Pure」と呼ばれる研究情報システムがあり、研究者たちがインパクトを記録するのに使用されている。 各研究部門にはインパクト・ディレクターがおり、研究者がインパクトを研究の一部として捉えられるようサポートしている。支援の内容としては、インパクトのための資金調達についてのガイダンスや、適切な専門スタッフの紹介がある。RISチームはまた、インパクト・ディレクター同士のネットワークもつくり、学内での素晴らしい実践を共有できるようにしている。「限られた資源を最大限に活用し、学びと専門知識の共有を最大化しています。」とマッケンは述べ表現る。インパクトは全学を通した協働作業であると見なしており、また、それを実践することがインパクトをうまく機能させる唯一の方法であると彼女は信じているのだ。     インパクトをより刺激的に REFの提出書類をまとめることは、困難だがやりがいのある仕事だとマッケンは言う。彼女はREF2014の有識者会議に参加したが、その経験を非常に楽しんだ。約1年間、有識者会議のメンバーたちとアセスメントに携わった。そこでの経験と学びをバース大学に持ち帰り、2021年のREFに向けて、研究者たちを支援するための強力な土台を作りたいと思っている。「大学関係者たちは、優秀な教育者、すばらしい研究者、卓越した管理者となり、さらにインパクトを与えなければならない、というすさまじいプレッシャーにさらされています。私のチームはそのようなプレッシャーを取り除き、REFの構成要素をより易しいものにしようとしています。骨の折れる仕事ですが、そのようなサポートによって彼らの負担を軽くすることもできます。それが私がこの仕事にやりがいを感じるポイントでもあります。」とマッケンは語る。   広報とインパクトの違い──現場の変化を追跡する...

2人の戦士/LSEにインパクト意識と文化の変革をもたらす取り組み

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス リサーチ・インパクト・マネージャー、レイチェル・ミドルマスとインパクト・サポート・マネージャー、キーラン・ブーラックへのインタビュー   「チームには私たち2人だけなんです」   LSEのインパクト担当チームはミドルマスとブーラックだけで構成されている。「チームには私たち2人だけで、一緒に、同じような仕事をしています。」とミドルマスは明かす。「研究者とインパクトについて話をしたり、彼らがケーススタディを文書にまとめるのを手伝ったり。個々の研究者相手の仕事を別にすれば、基本的には各学部や本部のリサーチ・インパクト・コーデネーターとの仕事ですね。また、学内のREF戦略部門に出向いて、ケーススタディの内容をREF用に処理するための調整を行うこともあります。」   より多くの情報を、絶えず求める インパクト・マネージャーの職務にはどんな人物が適しているかという質問に対し、2人は、研究者としてのバックグラウンドは不要だと明言した。「研究に対する幅広い理解と興味関心があればこの仕事に向いているでしょう。また経済や社会に対して、研究が目に見える効果を及ぼすための様々な方法についてオープンマインドであることも大事です。」とブーラックは話す。 「対人スキルも必要です。相手に対して、終わりなく『それで?』と質問することにとんでもない時間を割くのですから!学内の同僚を相手に、関係を悪くしたりイライラさせたりすることなく、より多くの情報を絶えず求めなければなりません。そうすることによって彼らの研究に心から興味を持つことができます。」とミドルマスは付け加えた。      研究者から魅力的な物語を引き出す LSEでは、「十分過ぎる額」の資金をインパクト関連のプロジェクト支援のために割り当てている。この資金割当への決定関与も、ミドルマスとブーラックの職務のひとつだ。LSEが支援する知識交換プロジェクトは、将来のREFのケーススタディにとっての大きな原石となり得るものだが、そこからインパクトを「発掘」するための決まった型は存在しない。LSEにおける研究のインパクトに対する2人の理解は、その多くが対話を通じてもたらされる。「研究者との対話に依存する部分が非常に大きいのです。インパクトが生まれたことに自動的に気づくことはできないので、各学部の情報ソースに頼っています。」とブーラックは言う。 ミドルマスはさらに、誰の研究が話題に上っているのかを察知し、現在進行中の主要なインパクトの計画や直近の補助金申請について常に把握しておこうと、LSEで行われた研究に言及したニュースに目を通している。「自分の研究がケーススタディになるかもしれないと誰かが考えたら、私たちは彼らを訪ねて1時間ほど話し込み、どんなことをしているのかを聞きます。研究内容や、現在誰とその研究の話をしているのかについて確認し、研究の進み具合によっては話を持って行く先に関する相談にも乗ります。その後、内容を文書にまとめ、彼らに送ります。これが、優れたインパクトの物語を作っていく、とても長期にわたる反復プロセスの始まりなのです。」とミドルマスは述べる。    ...

全てをまとめる司令塔/リサーチ・インパクトの「ファースト・レディ」

キングス・カレッジ・ロンドン REFデリバリー・ディレクター、ジョー・レイキーへのインタビュー   多様な経歴が付加価値を与える キングス・カレッジ・ロンドンにはインパクト担当部署がない、とジョー・レイキー は説明する。ケーススタディの準備のために教員や学部と共同で仕事にあたる5人のインパクト担当者のチームを統括するのがレイキーだ。担当者たちは、関係者がインパクトを見逃さないようにするとともに、研修を企画し、有用なウェブサイトなどのリソースが活用される環境を整えるといった役割も担う。 チームのメンバーの経歴は、生物学から芸術、人文科学まで多種多様だ。PhDを持ちポスドク経験があるメンバーも2人いる。「博士号を持っていると学術面での信用が得られ、初めから研究者と同じ土俵に立てるのだと思います。」とレイキーは言う。それぞれの職務経験もまた、役に立っている。メンバーの1人はインパクトを追跡調査するためのソフトウェアを制作する会社に勤務しており、ケーススタディや研究の実証化に関する技術的側面について知り尽くしている。別のメンバーは、学内の資金調達部署に所属していたことがあり、研究の進捗に関して研究者と相談することについて経験豊富だ。さらに、サイエンス・コミュニケーターとして博物館に勤め、パブリック・エンゲージメントに関する多くの経験を積んだメンバーもいる。「私たちは専攻分野に基づいた採用はしません。少なくとも、専攻分野を採用基準に考えたことはありません。しかし、ある程度の研究支援の経験は必要です。」とレイキーは明言する。     「自分の研究にはインパクトがない」という態度を変革する ブルーネル・ユニバーシティ・ロンドン(Brunel University London)在籍時、レイキーはREFのバイロット事業の一員だった。事業が終了してREF2014にインパクト評価が組み込まれることが決まった際、彼女と同僚たちは、関係者に対してインパクト評価の教育を行うために多くの時間を費やした。「その意味するところについて、誰も知りませんでした。」とレイキーは話す。「学内で何度も情報提供のためのセッションを開き、その度に別々の教員や学科、研究者に対して、インパクト評価とは何か、どんな意味があるのか、どんな仕組みなのかを説明しました。」 当初、レイキーが説明した相手のほぼ全員が、自分の研究にはインパクトなどなく、したがってケーススタディに供する材料にはならないと考えていた。「研究に関する議論を始めてからようやく、そこにはいくつかのインパクトがあることに気付きました。研究者たちは、インパクトという観点で研究を捉えていなかったのです。」とレイキーは述べる。また中には、自分たちの学問領域においてはインパクト測定は困難だとする研究者もいる。インパクトについて主体的に検討する必要性を研究者に理解してもらうよう努めることは、レイキーとチームメンバーが向き合わなければならない課題の1つだ。  ...

学術界の壁を破る/研究が大学外に与える恩恵を可視化する

クイーン・メアリー (ロンドン大学)リサーチ・インパクト・マネージャー、ナタリー・ウォールへのインタビュー インパクトのための強固な土台作りへの投資 ウォールが着任したとき、クイーン・メアリーではインパクト・マネジメントの体制が十分に整っていた。「クイーン・メアリーのシステムは本当に素晴らしく、他の大学とは別物です。多くの大学では、インパクトに関するありとあらゆるレベルでここまでの体制は整っていません」とウォールは言う。 クイーン・メアリーのインパクト・チームのメンバーは、リサーチ・インパクト担当の副学長補佐(研究・教育職)に加え、各学部に派遣されている3人のインパクト・オフィサーで構成されている。各学部にはリサーチ・インパクト担当の副学部長がおり、インパクト・チームと密接に連携している。インパクト・チーム以外にも、プロフェッショナル・サービス課の多くのチームがインパクト評価を支えている。 ケーススタディの質を評価するために2度の模擬演習も行われた。このように、クイーン・メアリーはインパクトのための土台作りと強力なネットワーク作りに多大な投資をおこなっている。この強力な体制により、次の大学評価では他大学を抜きんでることをウォールは期待している。     需要と供給の問題 インパクトの仕事は尽きないとウォールは語る。各大学がインパクトという新しい分野を重視し、インパクト書類の提出を誰にとっても価値のあるものにするためには時間と労力の投資が必要であることを考えると、それも当然のことだろう。「目下、インパクトの仕事は山積みです。しかし、とても大変な仕事なので対処する人員は十分ではありません。どのようなスキルが必要かも考慮する必要があります」とウォールは言う。 では、インパクト・オフィサーにはどのようなスキルが必要なのだろうか。ウォールによると、書類作成の能力はもちろん、対人能力やコミュニケーション能力も必須だ。「インパクト・オフィサーは、人々に新しいことに順応するよう求めるので、彼らを説得する力が必要です」と彼女は語る。インパクトとは、研究や教育のさらに先をいくものであると言うのだ。また、研究文化を理解していることも重要で、実際の研究経験も役に立つ。     文化変革をもたらす インパクト・オフィサーの仕事とは、研究者のインパクトへの関心を高めることだとウォールは考える。「私たちは、文化変革を起こしているのです。インパクト・オフィサーは大学の中に入り、人々の研究への見方を変えるのです」とウォールは言う。...

インパクト指針はイギリスの大学文化に変革をもたらしたか?

ウィリアム・ギブソンは「未来はすでにここにある。ただ均等には行きわたっていないだけだ」と述べた。これはインパクト指針の設計者が描く未来にも当てはまる。イギリスの研究者たちの間で「インパクト」という言葉が定着してきた一方、インパクトの支援・推進に関する大学文化がどの程度変化したのかは、大学によって大きく異なる。 2014年REFでの研究インパクトの正式評価には次のような意図があった。第一に、大学側に、自分たちの研究が学界外にもたらすインパクトをより深刻に受け止めるよう促すこと。第二に、知識の伝播や、外部関係者との協力を推進し、研究が社会や地域に影響を与えられるよう一層の努力を促すこと。それに対する当初の反応は、「反対」と「パニック」であった。反対の原因は、多くの研究者が自分の研究を商品化させられることに懸念を示したり、研究が大学評価の手段として利用されることに意義を唱えたりすることであった。パニックの原因は、大学側が短期間でケース・スタディを用意しなければならなかったが、そのためのインパクトを示す証拠を集めていないことにあった。そもそも、インパクトが発生した時点で、その証拠を記録しておくよう求められてなどいなかったからだ。 2021年のREFでもケース・スタディによるインパクト評価は続けられる。しかし、大学側の事情は前回とは全く異なる。各大学はインパクトのケース・スタディが要求されることを評価サイクルの最初の段階から分かっているのだ。インパクトをどのように達成し、インパクトに関連する活動をどのように支援するかを戦略的に計画する時間がある。スタッフを雇ってインパクトのサポート体制と資金制度を整える時間もある。研究者にも、インパクトの考え方を理解し、自分たちの研究計画に組み込む時間がある。そして全員が、インパクトが発生した時点でそれを証拠として記録し、強固なケース・スタディをつくる必要があることを自覚している。 昨年、私は「イギリスの大学におけるインパクト支援の展開」というホワイトペーパーを発表した。インパクト指針が大学文化に変化をもたらすと期待されていたが、実際に変化が起こっているかを検証したのだ。これまでのところ、学内にインパクト支援を行う専門的な部署を設置することで、部分的には成功しているようだ。 大学内でのインパクトの支援体制は、一般的に、「専門職のいない急場しのぎの支援」から始まり、「(多くの場合)1人のインパクト・オフィサーによる支援」、そして「完全な支援体制」へ、という軌道をたどる。このモデルはシンプルだが、重要なポイントを1つ示している。まず、「急場しのぎの支援」から「1人のインパクト・オフィサー」への最初の移行はトップ・ダウンで行われることだ。経営陣が、とりわけ大学のREF評価を改善する流れの中で、インパクト支援に専念する必要性を実感するからだ。そして、2回目の移行はボトム・アップで行われる。1人のインパクト・オフィサーが、インパクトのためにより包括的で組織的な体制が必要であることを実感し、声をあげるのだ。この段階では、インパクトを専門とする者のコミュニティの中で共通理解を図るために、会議やワークショップが重要となってくる。大学側が2回目の移行を果たせるかは、インパクト支援の専門スタッフから出された懸案事項や情報に基づいた見識を、研究者側の上層部が真剣に検討しようとするかにかかっている。 インパクト指針と、その指針を組織的に成功させるためのインパクト支援スタッフによる努力の結果、大学文化は実際に変わってきてもいるが、その変化は均一ではない。研究者の中には、いまだにインパクトを誤解している人や無関心な人もいれば、少数ではあるが敵視している人もいる。しかしどの大学でも、ほとんどの研究者が2014年のREFの時とは異なる方法でインパクトに取り組んでいる。もちろん彼ら全員が、インパクトについて同じようなモチベーションをもっているわけではない。公共の利益を求める人、自分の研究を高めたい人、自分のキャリア・アップがモチベーションとなる人など様々だ。それでも、文化変容は実際に起こっている。しかし、多くの研究者は、学生の指導や研究に関する他の仕事もあるなかで、インパクトを達成するために十分な時間をとることは難しい。 スタッフを雇い内部のリソースを活用することに加え、大学は民間企業が提供する支援体制を活用することもできる。大学にインパクト・サポートを提供する人々は以下の点に留意してほしい。そのサポートが、できるだけ深く研究に関わり、研究プロジェクトにしっかりと組み込まれること。そして、そのサポートによって、インパクトが実質的に改善され、インパクトが及ぶ範囲および重要性を示す証拠がより強固になること。 インパクトの証拠集めと評価のためのサポートに需要があるのに対し、多くの大学では供給が追いついていない。この手の仕事は時間と専門性を必要とするからだ。公的関与のような測定が容易でないもののインパクトの場合は特にそうだ。この分野では、高等教育機関は他の団体──特に、地方自治体やチャリティ団体のように、厳格な評価が当たり前である団体──に遅れをとっている。大学がこの分野で内部の専門的なサポート体制をつくるにしても、必要な専門家を外部から雇うにしても、インパクトの証拠を集めインパクトを評価するためにさらなる努力が必要である。 基本的に、大学内でインパクト支援を行う場合、インパクトが研究の不可欠要素であることを上層部が理解し、それに積極的に投資をするかが重要な要素である。当然ながら、包括的にインパクトを支援するには投資が必要であり、その投資の正当性が証明されなければならない。しかし、インパクトが研究者自身にも学界外の人々にとっても大きな恩恵をもたらすことは言うに及ばず、REFで強いインパクト業績を達成すると得られる何百万ポンドもの研究費を考慮すると、インパクト支援の強化を優先しない大学があることは驚くべきことかもしれない。そのような大学も、2021年のREFの結果が出れば、変わらざるを得ないだろう。 イアン・コールマン著『イギリスの大学におけるインパクト支援の展開』は Impact Scienceのウェブサイト( https://www.impact.science/ref-2021/)よりダウンロードできます。

Q&A/インパクト・オフィサーに聞く現場の声

聞き手: 湯浅誠 加納愛 回答者: ナタリー・ウォール クイーン・メアリー (ロンドン大学)リサーチ・インパクト・マネージャー ジョー・レイキー キングス・カレッジ・ロンドン REFデリバリー・ディレクター ケイティ・マッケン バース大学 リサーチ・インフォメーション/インパクト部長 レイチェル・ミドルマス ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスリサーチ・インパクト・マネージャー、キーラン・ブーラック インパクト・サポート・マネージャー    ―「インパクト」をどのように定義しますか。   レイキー 自分たちは何を達成しようとしているのか、誰に成果を届けたいのか、さらにはそれらの達成時期をどのように知るのか、ということを研究者に理解させることだと思います。私の同僚は、インパクトは新しいもので、欠点よりも利点が多いものだと言っていました。    ミドルマス インパクトは、経済、社会、文化といった、学術界以外の基本的にすべてのものへ与える影響、変化、恩恵のことです。研究者がパートナーやオーディエンス、その他の学外の関係者と関わりをもつ場合、情報交換や意見交換も含めて、すべてがインパクトにつながっているのです。しかし、インパクトそれ自体は、実際にはその関わり合いの結果として起こるものなのです。...

研究にも“費用対効果”が 求められる時代へ─ インパクト評価がやってきた!

イギリスは1986年に、実績に基づく研究費助成制度を開始した。この時のイギリス経済は混迷の中にあり、公的資金への制約も厳しかったことから、政府としてはその使途について一層の説明を求める必要があったのだ。そこで採用されたのが、現在ではResearch Excellence Framework(REF)と呼ばれる、研究費助成に係る制度である。実績と予算配分を関連づけたことで、大学側に説明義務が生まれ、限りある資金の戦略的割り当ても可能となった。 2014年、「インパクト」という評価指標が導入された。研究がアカデミアの外の世界へ与える影響を測定するものだ。これより前のイギリスでは、基礎研究は最終的に社会の各方面に寄与するものだという前提のもと、アカデミアが運営されていた。そのため、自身の研究が社会に与える影響について、その根拠をあえて示す責任など、研究者は一切負っていなかった。しかしインパクトという指標が導入され、研究の結果だけでなくその影響に対する評価も含まれたことで、アカデミアは、研究が社会に提供する価値を説明する必要に迫られたのだ。REFによれば、年間20億ポンドが大学機関へ投入される。研究によるインパクトの評価がこの予算の配分に紐づくとなれば、大学や研究者は資金の獲得に向けて総力を結集する。その結果、高等教育部門において世界規模の研究基盤が発達する。これこそが、イギリスにおける研究の卓越性に磨きをかける唯一の方法だと、広く意見が一致した。 REFにおける「インパクト」は、「『アカデミアの枠を超えて』、経済、社会、文化、公共政策や公共サービス、健康、生活環境や生活の質に与える影響や変化、または利益」と定義されている(re.ukri.org)。「アカデミアの枠を超えて」という部分が、REFの趣旨を理解するうえで非常に重要だ。REFの「インパクト」は、学術誌におけるインパクト・ファクターなど、学問的なインパクトとは意図するところが明確に異なる。以下にREFの主要な目的を記述する。 1.研究助成金を選択的に分配すること 2.研究に公的資金を投入するにあたって説明責任を課し、投資の結果得られる利益の根拠を明らかにすること 3.ベンチマーク情報を提供して大学の評判を測る尺度を明確にし、高等教育部門で使用するとともに一般へも公開すること   定性評価と定量評価 あらかじめ設けた測定基準と専門家による評定をもとに大学の実績を評価するにあたり、REFは先駆的な手法だった。大学の実績評価に同様の枠組みを採用している国は、香港、オーストラリア、カナダ、そしてスカンジナビア諸国の中にもある。しかし英国のREFが他の国のものと違っているのは、研究がアカデミアの外へもたらすインパクトに重い評価比重をおき(2014年は20%、2021年は25%)、その評価においてはピア・レビューが重要な役割を果たすという点だ。 REFは主観的評価を取り入れているといえるが、これは、「専門家による評価で定量的指標を補完すべきである(Hicks et al., 2015)」という考え方と一致している。しかし、このアプローチをとっている国は多くない。デンマーク、フィンランド、スウェーデン、そしてノルウェーといった国々では、資金の配分を決定するにあたり、定量的指標が依然として用いられている。コストが主な理由だが、ピア・レビューの結果と資金配分とを結びつけることに、利点を見出していないからでもある。例えばスウェーデンやオランダでは、内部の専門家パネルの協力のもと、各大学が独自に研究評価を行ってよいことになっているが、その結果によって得られる研究費が左右されることはない。...

インパクト・ケーススタディ

ケーススタディ1:低中所得国におけるメンタルヘルスケアへのアクセスの改善-London School of Hygiene and Tropical Medicine 研究の概要 低中所得国においては、健康状態に関連した全障害のうち20%以上が、メンタルヘルスの問題によって引き起こされている。2000年から2012年に実施した本研究では、次の3点の達成を目指した。 低中所得国におけるメンタルヘルス問題の負担を示すこと。これは、メンタル疾患に係る負担と費用対効果の高い処置に関する体系立った調査、インド全土を対象とした自殺調査、うつ病とその他の慢性疾患との連関を調べた60か国を対象とする人口ベースの調査の実施に拠った。3点目については、メンタルヘルス問題と母子保健および慢性疾患の病状との連関を調べ、不利益、社会からの疎外、メンタルヘルス問題の間のサイクルを調査したものである。 インドのようなリソースの乏しい状況でも、ヘルスケアの専門家ではない働き手による効果的な処置が実施可能であると示すこと。 メンタルヘルス研究の資源と成果が不足しており、それらに係る流通が不公正だと示すこと。   インパクトの概要 本研究は、メンタルヘルスケアに関するいくつかの分野に対して重要なインパクトをもたらした。...

その研究は社会の何に役立つのですか?

「その研究は社会の何に役立つのですか?」 「質問がよくわかりません。それはどういう意味でしょうか?」 これはノーベル物理学賞受賞者の東京大学梶田隆章教授が、あるイベントで学生と交わした言葉として知られています。私自身も梶田教授に直接インタビューをしたことがあり、この件についてお話しをされていたので、良く覚えています。梶田教授の研究内容は素粒子の解明であり社会に応用する前提で研究されていない事は誰でも理解できると思います。このエピソードは瞬く間にネットで広がり、アカデミアにいる多くの研究者が梶田先生に賛同されていました。 「研究は社会の役に立たないんだ。」というコメントを見ていて、私は少し違和感を覚えました。全ての研究が社会の役に立つ訳ではないと考えるのは当然だと思います。真理を追究するのが、本来研究者が行うべき事で、世の中の役に立つか立たないかしか考えないなら、民間の研究者になればいいと言うのも理解できます。しかし最初から研究は社会の役に立たないと言い切ると、確実に役に立たないのもになると思います。 日本社会ではいつからか何をするにも社会へ還元する事が当然の事と期待されており、学術業界も完全にその波に飲まれています。「論文数を増やす、大学ランキングを上げる、特許収入を上げる、共同研究を増やす」など、様々なプレッシャーと戦う日本の大学を見ておりますが、実はこれは何も日本だけの問題ではなく、科学技術先進国は軒並み自分たちの存在意義を示すように求められています。今回取材をした英国は、大学数が約160でそのほぼ全てが国立大学であり、多額の税金によって運営されています。それゆえ、日本以上に厳しい目が国から向けられており、政府も大学に改革を迫る政策を策定してきております。 本号でご紹介したインパクト評価はまさに大学に改革を迫った新しい事例だと思います。詳細記事をご覧になられたのでおわかりになると思いますが、何も急に社会の役に立つ研究をしなさいという話ではなく、常に社会と接点を持ちながら研究をして、大学も社会一部なんだと意識しながら研究をしてもらいたいと国は考えているようです。 4大学のインパクトオフィサーとのインタビューをして感じた共通点は、今までになかった全く新しい試みにも関わらず好意的に取られている点、また全体的に大学の意識がかわったとはっきり感じている点、最後に皆さん所属研究者と一緒に最高の仕事をしようと熱い情熱を持ったインパクトオフィサーであった点です。自らを変えていく事には常に痛みが伴います。面倒でやりたくないと感じると思います。何をしていいかわからず途方に暮れる事もあると思います。これらを事前に理解しながら改革を進めた英国政府と大学関係者には脱帽です。 今まで各国の研究者にお会いしてきましたが、どこの国でも大学は聖域と考えられている印象を持ちました。その研究者に「社会的なインパクトをしっかり示してください。あなた方の研究がどう社会に繋がるかを説明するのはあなた方の責任です」と言い切る英国政府は本当に革新的です。また世界に目を向けると既にオーストラリアと香港が同様にインパクト評価を導入しています。この流れは今後世界中に広がる可能性が高く、私も今年9月日本で開催されたイベントでインパクト評価についてセミナーを行い、それなりの反響を呼びました。日本政府関係者も既に興味を示しており、数年後に日本で導入されても全く驚きません。 勝手に今後想定される世界の大学シナリオを考えてみました。どこの国であろうが、あまり一般に知られていない大学の研究を、専門用語ばかりの難解文書ではなく、誰にでもわかりやすく説明され、またそれらが及ぼすインパクトがわかれば、もっと研究をサポートしようではないかと国民も感じ、時には直接的なサポート(寄付金、研究助成)も得られると思います。今は限られた時にしか大学のキャンパスに足を運ばない人々が、ショッピングに行くように大学キャンパスに集まるかもしれません。情報発信をすればするほど逆に情報が集まり、開かれたキャンパスになればなるほど新しいアイディア、人材そして資金が集まると思います。アメリカだとスタンフォード大学が企業する登竜門のような存在になっていますが、千差万別色々なキャラを持った大学になっていく可能性があるし、そうなった方が多様性があり面白いです。 オンライン講座も当たり前になっている現在の世の中で、10年後の大学の在り方は大きく変わると思います。世界中の講座がネット受講できたらわざわざキャンパスに行く必要などないです。ネットワーク構築や研究施設の利用など、物理的にその場にいないとならないものもありますが、現在は共同利用施設もあり、ネットワークはその気になれば様々な場に行く事が出来ます。このように時代の変化に応じて世の中は常に変わってきており、大学が近い将来大きく様変わりすると思います。その序章として英国で導入されたインパクト評価は、どこの国にとっても参考になる、ある種の社会実験だと思います。 仮に日本でインパクト評価が導入されたら、冒頭に書いた質問はどうなるのでしょうか?その上でも「やはり研究は社内の役に立つものではない」と結論が出たら、それはそれで全く問題はないと思います。大切なのはその結論に至るプレセスを踏む事です。取材したインパクトオフィサーから数多くいただいたお話しが「インパクト評価を導入後は研究者間で議論する際に、皆さん常に社会的インパクトを考えながら話をしています。これ自体が大きなインパクトです。」でした。この英国発の試みが今後世界にどう広がるか、注視していきたいと思います。香港がちょうど今導入していると聞いていますので、効果がみられる頃に取材をしてみて、英国との違いや国特有のインパクトについて、いつかこの場でご報告したいと思います。

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