南洋理工大学のグローバル人材の採用と、データ駆動型の研究体制構築による大学戦略
Text by blank:a Editorial Department

シンガポールの南洋理工大学(NTU)は、世の関心を集め続ける新しい大学だ。ここ数年のうちにタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)大学ランキングを急速にかけのぼった。

1991年、シンガポール国立大学(NUS)と提携していた南洋工科大学(NTI)が、国立教育研究所(NIE)と合併して南洋理工大学(NTU)が設立された。国立大学であるが、2006年に自律経営をするようになった。2011年までに大学ランキングの世界トップ200にランクインし(174位)、2019年には世界ランクで126ポイント上昇して48位に、アジアランクでは6位となった。毎年、複数の分野で劇的なスコア上昇が見られる。例えば、「研究力」のスコアは47.8から64.9へ、「論文の被引用数」スコアは34.5から54.5へ、「産業界からの収入」は44.4から99.5へと上昇している。また、NTUとNUSはともに「国際性」のスコアが高く、アジアのトップランクの大学である清華大学にも勝っている(NTUは95.4、NUSは95.5なのに対し清華大学は45)。

NTUのコー・キアム・エイ教授にインタビューし、同大学の戦略と大学ランキング急上昇の理由を尋ねた。


 

コー・キアム・エイ教授 (Khor Khiam Aik)
コー・キアム・エイ教授は南洋理工大学(NTU)の人材採用・開発室(TRACS)の主任を務める。現在、生物医工学、先進素材、バイオマテリアルについて、ビブリオメトリクス(計量書誌学)分析に関する多くのプロジェクトを率いている。

 

ーーNTUで担当している役割について教えてください

今年、スブラ・スレッシュ教授がNTUの4人目の学長に就任しました。最近、彼の決めた5か年計画に乗り出したところです。その計画の一環で、若手の有望な研究者や教員をNTUに招くために「人材採用・開発室(TRACS)」室という部署が立ち上げられました。私はその部署の主任を任されています。加えて、ビブリオメトリクス(計量書誌学)分析も担当しています。

 

ーービブリオメトリクス(計量書誌学)分析について、もう少し詳しく教えてもらえますか?

ビブリオメトリクス分析の主任として、NTUのアウトプットの質を評価しています。私たちにとって、研究のクオリティは極めて重要で、それがシンガポールの大学が成功している理由でもあります。つねに各学科に対するフィードバックを大切にしています。学内の研究者のアウトプットを分析し、トップ・ジャーナルに掲載された論文や、引用件数の多い論文についての情報を提供するのです。学科ごとに報告書を作成し、学科長と共有しています。

 

ーーデータ収集後は、大学ランキングの担当者が次の方策を決めるのですか? それとも研究者に主導権があるのでしょうか?

通常は研究者に任せます。有能な研究者は素晴らしい研究をしてくれると信じていますし、そのような研究者を採用するようにしています。優れた研究者は非常に高い水準をもっていて、妥協しません。いつも最高のものを求めます。つまり、最高の学生、最高の研究スタッフ、そして最高のコラボレーションを追求しているのです。おかげで私たちの仕事は簡単になります。研究資金を確保しさえすればいいのですから。

 

大学ランキングとその価値

シンガポール南洋工科大学ラーニング・ハブ:NTUの最初のラーニングハブは2015年に設立。それぞれ8階建ての12の棟で構成されている。ハイテクノロジー対応の55の「スマート・クラスルーム」を兼ね備えたこの施設は、大学の反転授業の核となっている。

 

ーーNTUの大学ランキングは毎年、特に2012年から2013年にかけて、上昇していますね。どのようにして、そのような短期間で世界的な名声を築き、目に見える成果を出すことができたのですか?

2012年より前、2004年~2005年ごろから変化は起こっていたと思います。私たちの考えでは、ランキングは完璧でも正確でもありませんが、大学の進歩を測る一つの指標になります。大部分はアメリカやイギリスのような英語圏の国に有利であるように思えます。ランキングは、基本的にはランキング主催団体の利益のためにあると思いますが、ランキングを活用する側、特に学生に必要な情報を提供してくれます。

 

ーー日本の大学の場合についてはどう思われますか?

私は日本の大学には素晴らしい点がたくさんあると思っています。しかし残念ながら、ランキングではそれらの長所を捉えきれていません。ランキングが示すほど日本の大学は悪くないことを日本政府が理解してくれると良いのですが。もちろん、私たちは常に上を目指しています。国際的に認められた評価基準があること、その基準に沿ってランクが決まることは周知の事実と言えますから。

 

ーーランキングは必ずしも正確ではないとお考えですか?

ランキング業界はまだ成熟していないと思っています。各大学の特徴をもっと正確に表すものになってほしいです。大学はとても複雑なので、1つのランキング・システムだけで正確に測ることはできません。ランキングは、人の様々な横顔を撮影する写真家のようなものです。ベストではない横顔もありますが、写真家が撮っていない素晴らしい顔もあるかもしれません。

 

シンガポールが世界中の研究者を惹きつける秘訣──どのように政府は海外の研究者を受け入れているのか

 

ーー優れた研究者のリクルーティングは全ての大学の共通課題だと思いますが、NTUはどのような方策をとっていますか?

ご存じの通り、シンガポールは歴史的な経緯もあり、多文化・多言語の国です。最初は地味な貿易拠点でしたが、その後、大英帝国の地方行政の中心地となりました。それは我々にとっては好都合でした。最初から英語圏の文化や社会に触れることができ、グローバルな考え方をもつようになったのですから。それがグローバル人材を惹きつけることにつながっています。彼らはシンガポールに来れば、他の言語を学ぶ必要がないことに気づくのです。

2つ目のポイントは、他の一流大学と連携していることです。シンガポールは、アカデミック人材が活躍できる若い国として世界的に有名になったので、一流の大学から研究者が集まります。ハーバードやMIT、スタンフォード、オックスフォードなど多くの一流大学の研究者がシンガポールを訪れます。また、私たちは常に新しい人材を呼び込めるよう努めています。ここ12年ほどは、ナショナル・リサーチ・ファウンデーション(NRF)が設立され、シンガポールにとって戦略的に重要な研究プログラムに新しく資金を得られるようになりました。おかげで多くの研究人材を呼び込むことができていますし、それが良い循環をつくるエコシステムとなっています。研究者も自分の研究をするのに十分なサポートを得ています。彼らはそのサポートについて研究仲間に話し、新しい人材をシンガポールに招いてくれるのです。

 

ーーNTUの研究環境について教えてください。

政府の資金援助に加え、研究に重要なインフラ作りや、トップレベルの研究人材のために大学予算を投資しています。さらに、大学は政府の計画と足並みをそろえています。基本的に、政府の方針への反対意見はほとんどありません。政府の指示に必ず従います。大学の自主運営を許す他の国々と違い、シンガポールでは官学の協調を重視しています。

 

ーー政府とNTUの資金にはどのような関係があるのですか?

過去10年間、私たちの研究資金の大部分は教育省とナショナル・リサーチ・ファウンデーションから得ていました。また、国防省の「科学技術研究庁(A*STAR)」との進行中のプロジェクトもたくさんあります。実際、MITのリンカーン研究所に触発され、テマセク研究所をNTU内に設立しました。

 

ーー日本では、政府と大学との間にしばし衝突があります。日本政府の政策は、大学の予算に直結していません。コー教授の意見をお聞かせください。

多くの国で、政府と大学間で葛藤があります。おそらく、根底にある価値観や考え方が違うのでしょう。しかし時代は変わっているのです。政府の戦略の範囲外での大学運営を望むこともあるでしょうが、政府が予算を握っていて経済発展を求めている以上、それはどちらにとっても不利益になると思います。

日本や韓国、シンガポールのように多くの国々で、政府は経済発展を強く求めています。それは国の発展に欠かせないものです。国の発展のために産業が必要なのです。

 

ーー政府と大学間の緊張関係は良くなると思いますか?

多くの政府は、大学は国家戦略の重要な役割を担っているので政府の意向に沿って運営されるべきだと言っています。国家のために重要だと言うのです。しかし、大学側がそれを拒むケースもよく見られます。

多くの政府は大学が協力してくれるよう努力していますが、大学は自治を維持したい。妥協点を見つけることが課題となるでしょう。どこの国でも両者の均衡を図らなければなりません。シンガポールを含めいくつかの国では今のところ均衡が取れていると思います。他の多くの国はバランスを模索しているところでしょう。大学は資金が欲しいが、そのためには政府の政策に協力しなければならないのです。

 

ーーどのようにして大学と政府が足並みをそろえているのですか?

それには様々なレベルがあります。シンガポールの首相は「研究・イノベーション・企業評議会(RIEC)」の議長も兼務します。それは、シンガポールにとって研究、イノベーション、企業活動が重要である、という強いメッセージを発信したいからです。一部の閣僚もこの評議会のメンバーになっています。それに加えて、大手のグローバル企業や大学から、政府側とほぼ同数の評議員が選出されます。過去には、シーメンスの社長やノバルティスの幹部、スタンフォード大学の副総長が参加していました。彼らがアカデミアや産業界、そして国の政策を代表しています。将来を見据えて、グローバルな視点から現在の動向を見つめるのです。毎年少なくとも1回は、首相が議長を務め、大学の代表が参加する会合が開かれています。

 

ーーそのような構造的な官学の協調体制が成功している原因は何でしょう?

シンガポールの高等教育の歴史は他国とは全く異なります。シンガポールのすべての施設は国が生き残るためにつくられているので、みんな「すべきこと」をやっているのです。日本が帝国大学を設立したときと同じようなコンセプトでしょう。最高のものを求めるのです。しかし、なんでもそうですが、続けていくことが大切です。

 

NTUの大学ランキング上昇の戦略

 

ーー2012年、NTUは174位(タイムズ・ハイヤー・エデュケーション・ランキング)でしたが、毎年ランクアップしています。今ではアジアのトップ校の1つになっています。世界的に見ても上位に位置していますし、毎年、成功を積み重ねている数少ない大学の1つかと思います。新しい大学がこんなにも短期間のうちに結果を出すのは珍しいし、興味深いですね。

私たちはとても恵まれていると思います。若く優秀な研究者、政府のサポート、そして素晴らしい研究エコシステムが一体となって、ランキングの評価基準に強く合致する結果を生み出すことができたのです。

 

ーー2013年のTHEランキングを見ると、とりわけ「研究力」と「論文の被引用数」「産業界からの収入」の各スコアが大幅に向上しています。2004~2005年頃から向上の兆しがあったとのことですが、ここまでランキングを急上昇させた戦略について教えてください。

大学ランキングの主催団体は、我々がどのようにしてこの数字に到達したのかは教えてくれません。私たちがやっていることを以前は正しく理解していなかった可能性もあります。もしくは評価基準が変わったのかもしれません。しかし、統計的な詳細は明らかにしてくれません。最近、ランキング主催団体は事業の一環として、各大学の強みと弱みを理解するためのサポートを提供し始めました。最初はそのサービスを利用していたのですが、2年ほどでそれに投資するのをやめました。

 

ーーつまり、ランキングの評価基準に合わせることを目指してはいない、ということですか?

ええ、それが正しい方向性だと思っています。大学は有機的に成長する必要があるのです。私が他国に講師として招かれたときに大学の代表者へアドバイスするのは、ランキングを基準としたゴールを設定しないこと、ランキングそのものを目標にしないことです。残念なことに、いまだに多くの大学がこの間違いを犯しています。彼らは、たとえば「世界大学学術ランキング」を見て、評価基準の1つに論文の被引用数がありますので、論文の被引用数の多い研究者を雇うのですが、その成果を目にすることはありません。

大学は、教育や研究、コミュニティ、サービスなどの基本的な部分でより良いものを追求すべきだと思います。それは木が育つのを眺めるようなものです。大学は樹齢100年の木です。最初は小さくても、とてつもなく大きく成長します。その成長は段階をおって起こるもので、速すぎたり強制されたりするものではありません。

 

ーーNTUはあらゆる面で猛スピードで成長している大学の1つだと思われています。その功績を達成するために、コー教授自身も多くのことをしてきたのではないでしょうか。

私たちは、政府からの素晴らしいサポートと、アカデミアの献身的なリーダーや研究者たちに恵まれています。成長の道筋がとても速いと思われるかもしれませんが、できるだけベストを目指すという私たちの熱意からすると、予想されたものです。私たちは最高の人材を雇い、政府のリソースを最大限活用しています。ですので、私たちの成功について尋ねられるといつもこう答えるのです──「協力的な政府が十分な研究資金を提供してくれ、私たちはとても恵まれている」と。

 

ーーどのようにして各学科が十分なリソースを得られるようにしているのですか?最高の人材を得るための採用プロセスについて教えてください。

リクルートは上席の研究者たちが構成する委員会を頼りにしています。人材の推薦は、各学科から学部へ、そして学長レベルへとあがってきます。NTUを定期的に訪れる世界的に有名な専門家から人材を推薦してもらうこともあります。私が研究支援室の室長をしていた時には、有能な若手人材を採用できるように「アシスタント・プロフェッサーシップ・プログラム」を運営していました。また、よいコネクションをもつことも重要でしょう。トップレベルの科学者たちとのつながりを持ち続ける必要があります。なぜなら、彼らが自分の学生にNTUの評判を広め、それが学生の友達に伝わり、最終的にはポスドクの獲得につながるからです。また、外部の研究者を一時的に受け入れるビジティング・プログラムも積極的に行っています。常にオープンな姿勢で、有能な大学院生を受け入れるようにしているのです。

 

データ駆動型の大学戦略で波にのる

 

 

ーー競争力を高めるために各学科にデータを提供するのですか?また、学長や学部、学科にはどのようなデータを提供するのでしょうか?

それぞれの部署がどのようなデータを必要とするのかによります。ある種の傾向が分かるようなデータが役に立つでしょう。例えば、学部長には各学部の財政状況や出版に関するデータを提供します。今はビブリオメトリクスの様々な側面について研究を行っているところです。

また、学部長には、エール大学やプリンストン大学など他大学の同じ学部と比べたデータも見せます。現代はデータ駆動型の世界ですから、どこからでもデータを引っ張ってくることができます。データを集約し、整理して共有することで、はっきりとした方向性をもって人々を導くことができると思っています。

 

ーー各学科へデータを提供することで、彼らのポリシーやアプローチは変わりますか? 例えば、ある学科でトップレベルのジャーナルへ多くの論文を投稿していたとして、それが学科の核となる研究テーマとずれている場合はどうでしょうか。

多くの大学の学科では、その学科の研究テーマの重要性や卓越性が学問的に低下していたとしても、そのテーマを守るべきだと考えているでしょう。そのテーマを存続させなければならないと思うかもしれません。追究すべき学問的な課題はたくさんありますし、研究すればするほど新たな知見も得られますが、常に限界はあります。

私が強調したいのは、現代の研究者は「多言語」を話す必要があるということです。彼・彼女は、「研究者」の言葉、「産業界のイノベーター」の言葉、「多くの専門領域に関わる人」の言葉を話せるようにならなければなりません。今の世界で成功するのは、そのような「マルチリンガル」な研究者なのです。他方で、もう人気のない分野、あまり支持されていない分野の研究を続けることを主張する学者もいるかもしれません。彼らは、自分の論文の被引用数が少なくても、数少ない生き残った研究者として自分たちがその分野の研究を続けなければならない、と感じているのかもしれません。しかし、新たな分野で彼らの専門知識を発揮することはできるのです。NTUの研究者の多くが、別の分野に移っても成功をおさめることができると私は確信しています。

 

つねに人々に変革をもたらす組織/若手研究者のリクルート

 

ーー今の研究者はどのような課題に直面していますか? また、大学は研究者のポーテンシャルを引き出すためにどのような支援を行っていますか?

研究者が理解すべきことは、いつまでも同じ研究トピックに固執していられない、ということです。私も一研究者としては、生涯1つのトピックに取り組むほうが好きです。しかし、それでは多額のお金とリソースを消費するだけで、重大なインパクトは残せないでしょう。

人々を納得させるためには、人と人とを結びつけるのが組織の役目です。人間が変わるのは、自分で決断したときで、誰かに強制されたときではありませんから。

 

ーー新しいキャリア・サポート部署の目的は何ですか?

研究者の能力とグローバルなキャリアを、大学の求める方向性に沿ってプッシュすることです。名誉ある賞を受賞したり特別研究員の資格を取得するなど、専門的に評価されるようにすることで、彼らのキャリアを積極的に推し進める必要があります。新しい研究分野に取り組むと、学際的な研究を求められることが多いです。そこで重大なブレイクスルーを起こせる人材は評価されます。しかし、我々が望むのは、そのような能力を本質的にもっている人材です。学際的な研究に純粋な興味をもつ人材を求めています。

 

ーー人材採用・開発室はどのように機能していますか? 大学は多くの教職員を抱えているので、各学部のリソースは十分ではないかもしれません。あなたのチームには各学科から、ボトム・アップ式に要求がくるのですか?

双方向の動きがあります。研究資金は上から降りてきますし、意見や要求は下からあがってきます。最終的には、自ら考えて行動する研究者を目指しています。私たちの役目はそれぞれの学科や研究者がさらに前へ進めるような環境や施策を整えることです。多くの大学で、年配の研究者に出版数を増やすよう強制するのを見てきましたが、それがいつも上手くいくとは限りません。たいていの場合、将来に危機感をもってハングリーに研究するのは若い博士課程の学生やポスドクですから。もちろん活発に研究する年配の研究者もいます。NTUには、年齢にかかわらず研究意欲の高い研究者がいます。一生涯にわたる情熱をもって人生を研究に捧げる人が、私たちの求める人材です。

 

独立性を保つことの効果

ーーNUSの学長は、政府からの独立性を保つことでNUSは成功したと語っていました。NTUも同じでしょうか?

政府から独立した存在として、NTUには独自の評議員会があり、教職員の採用や新課程の設置、その他の計画の承認を得ることができます。スピーディに動くことができているのです。

手にした自律性を最大限に活用することが重要です。自立しなければならないのです。NTUは産業界との接点を強化する必要があるでしょう。各学科の協力体制を整え、無駄もなくさなければなりません。これからは、現在と同レベルの資金援助を政府から得ることはできなくなるかもしれません。どこの国でもこのような流れがありますので、シンガポールだけが特別というわけではないでしょう。

(了)

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