#2 なぜアカデミアにおけるメンタルヘルスの解明が重要なのか

#2 なぜアカデミアにおけるメンタルヘルスの解明が重要なのか

前回の記事では、私たちカクタス・コミュニケーションズが、研究者を対象とする国際的な調査を実施したことをご紹介しました。今回は、なぜメンタルヘルスをテーマに取り上げたのか、なぜ調査を開始するに至ったのかについてお話したいと思います。
メンタルヘルスに関する調査を開始した背景には、いくつかの理由がありました。まず1つ目は、17年以上に渡り学術コミュニケーションに従事した経験から、私たちは研究者が抱えるストレスの主な原因をよく知っていました。研究者は常に出版のプレッシャーと戦っており、国際的で高インパクトファクターのジャーナルへの出版を目指しています。多くの著者(特に英語を母語としない著者)は、論文の執筆や投稿準備、また投稿論文のリジェクトに際して多くの困難に直面しています。締め切りに追われる中、所属組織や指導教官から十分なサポートが得られないこともあるのです。
それだけではありません。私たちは以前にも世界規模の調査を実施しており、学術出版において著者を悩ませる他の要因についても把握していました。その中で特に重要視すべきは、ジャーナルでの論文出版は時間がかかること、そして査読の内容やプロセスに関する不安や懸念が挙げられます。こうした問題は、競争の熾烈なアカデミアにおいて研究者のキャリアアップを左右しかねません。また、論文出版が間接的な実績と見なされることから、出版のプレッシャーを悪用した新たな問題も出現しています。出版のプレッシャーを逆手に取るような行為(例:ハゲタカ出版)や、それらの犠牲にならぬよう注意しなければという新たなストレスへの懸念を示す研究者もいます。この調査に寄せられた多くの回答から見えてきたのは、いかに学術出版のプレッシャーが絶大であり、ストレスを引き起こす要因になり得るかということです。しかしながら、これも研究者を悩ませるストレスの一因に過ぎないのです。

3番目にご紹介するのは、カクタス・コミュニケーションズが提供する研究者向けのフォーラムに寄せられた、論文出版にまつわる体験談です。成功事例もあれば、苦い体験談もあります。研究者が繰り返し困難に直面していることからも、研究には一定レベルのストレスがつきものであると言えるでしょう。つまり、忍耐力を備え、研究に邁進し、困難を受け止められてこそ、優れた研究者になることができるのです。
一方で、研究者というものは、専門領域内で功績を挙げさえすれば成功できるのではないとの意見もあります。所属組織が作り出す環境や慣習というものが、彼等の成長や研究活動を促進させることもあれば、逆に悪影響を及ぼすこともあるのです。ですから、研究者が成功するためには、組織に内在する固有のプレッシャーを克服しなければなりませんし、個人に対するプレッシャーもつきまとうことは言うまでもありません。
問題なのは、これらのプレッシャーがどれほど深刻な影響をもたらそうとも、研究者にとっては当然の話であり耐えるしかないと思われてしまうことです。ストレスを感じるのは当たり前であると見なされ、十分なサポートが受けられなくなると、どれほど健康が脅かされているのか堂々と話すことができなくなってしまうのです。こちらこちらをご覧ください。

前回の記事でもご紹介しましたが、アカデミアにおける健康についてのレポートによると、メンタルヘルスに関する懸念については、一般社会よりもアカデミアの方が深刻であるという結果が示されています。このことからも、アカデミアにおけるメンタルヘルスについて、よりオープンに語られるべきであり、より一層の解明が求められていると言えるでしょう。
アカデミアにおけるメンタルヘルスについての議論の多くは、学生や若手研究者についてのものであり、欧米に集中しているのが現状です。しかし、これは世界的な問題であるはずです。研究活動における悩みが原因で自殺してしまった研究者の悲報は、世界中から聞こえてきます(こちらこちらのケースの他にも、こちらをご覧ください)。
今回ご紹介した様々な事例を背景として、私たちは調査を開始しました。長年に渡り研究者のコミュニティと近しい関係を築いており、世界各国の研究者のサポートをしていることから、多様な研究者のグループに協力を呼び掛けています。調査項目は多岐に渡り、目標や充実感に関するもの、職場について満足している点や、不満足に感じている点、プライベートに関するもの、キャリアアップ、サポート体制、いざという時にカウンセリングが受けられるか、カウンセリングの利用方法、カウンセリングの利用を妨げる要因等が含まれます。世界的な傾向のみならず特定の地域における問題についても解明を進め、双方における改善点を明らかにすることができるでしょう。
とりわけ数多くの意見を集めたいと思っているのは、研究者の環境を改善するために、所属組織や政策決定機関は何ができるのかという点です。研究の質はもちろんのこと、研究者の健康も守りたいと願うアカデミア関係者にとって貴重なデータとなるはずです。メンタルヘルスのサポートを提供することは、メンタルヘルスに悪影響を与える原因を解明することと等しく重要であると言えるでしょう。

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